タグ:夢

好きなことを続けることが財産になる『photographer 飯村潤さん』

「夢を抱いたのは高校生のとき。大叔父に一眼レフカメラを貰ってからより一層写真撮影に夢中になり、当時好きだったモータースポーツの車を撮るフォトグラファーになれば、趣味を同時に楽しめると思ったんです」と語るのはフォトグラファーの飯村潤さん。
現在、フリーランスとして活躍する飯村さんに夢を叶える過程、仕事の魅力などをお聞きしました。

もともと写真に興味があり、高校生時代にフォトグラファーになろうと決意したため卒業後は写真の専門学校に入学。
本格的に写真撮影の勉強に励む日々を送ったそう。
「在学中に授業でファッションや人物などの商業写真を撮影しているうちに、
枠に囚われず様々なものを撮影する面白さに気づきました」

プロになろうと思ったきっかけは“モータースポーツの車を撮りたい”という思いからだったものの、沢山の写真を撮るうちに描く将来像が変わっていきました。そして現在は企業のホームページ、雑誌、ヘアカタログなど、幅広いジャンルの撮影をしています。

 「カメラを持って撮影に行くのはどんなシチュエーションでも楽しいですし、撮影した写真をクライアントや担当者の方に見せたときに『こういった写真が欲しかった』や『思っていたよりもずっといい写真』といったお言葉をいただくと、もの凄く嬉しいですね。そういう時にやりがいを感じます」

こういった依頼者からの喜びの声が仕事を続けていく上でのモチベーションとなっているのが伝わりました。

“写真撮影が好き”という気持ちは夢を叶えてからも変わらないという飯村さん。ですが、時には大変だと感じることも。

 「フリーランスとして活動しているので、撮影後の写真をチェックする作業も全て自ら行います。チェックには結構な時間がかかってしまうので撮影が休みの日もチェック作業をして、それだけで1日が終わる場合もあります」

 寄せられた依頼はスケジュールに空きがあれば受けるため、基本的に休みはあまりなく多忙な日々。
それでも、「好きなことが出来ているので、気持ちに折り合いはついています」と語る様子から、今がとても充実しているということが伺えます。
フォトグラファー以外の仕事をしたいと考えることはあるか尋ねると、あまり考えたことはないと言います。
「ルーティーンのように毎朝同じ時間に電車に乗って同じ会社に行くみたいなことは向いてないと思うんです。今の仕事以外だったらカメラ機材をレビューするYouTuberとかには興味があります。話すのは好きなので」
と、にこやかに語ってくれました。
繰り返しのない一瞬をカメラに収める現在の仕事は、毎日が新鮮で正に天職なのでしょう。

生き生きと仕事を続ける飯村さんに、これから将来を考える世代の人たちに向けてアドバイスをお願いしました。
「趣味や好きなことは変わらずやっておいたほうがいいです。プロになろうとか職業にしようとは考えなくても、それを続けることが財産になると思います。あとは、仕事をする上で人脈を広げるためにも、友人は多く作るほうがいいのかなと思います」

好きなことがフォトグラファーという夢に繋がり、写真撮影以外の趣味であるビリヤードを続けていたら、ビリヤード雑誌の仕事依頼が来たという自身の経験から、そのような言葉を送ってくださいました。

“財産になる”という言葉のとおり、趣味から自分が進む道を切り開いて夢を叶え、今もなお、やりがいを持って仕事をする飯村さんの姿は非常に魅力的です。時代を追うごとにどんどん進化していくカメラの性能。それと共にこれからも進化を続けていくであろうフォトグラファー飯村潤さんから目が離せません。

取材:吉田、石川、小林、島野

全力でないと務まらないタレントマネージャー

もともとマスコミ業界に興味があり、表舞台には出ないタレントマネージャーの仕事に就いた尾木英司さん。忙しそうな職業というイメージどおり、時間の取れない中、取材に応じてくれました。担当するタレントの喜びが自分の喜びと語る尾木さんは、芸能人にとってまさに縁の下の力持ち。常に向上心を持ち、自分に厳しい一生懸命な方でした。

芸能マネージメント会社ホリプロのグループ企業『ホリプロインターナショナル』で、マネージャーとして働く尾木英司さん。そこでは、ホリプロ全体のコンテンツを海外発信したり、海外に出資してイベント事業を行っています。また、外国のアーティストやタレントを日本に進出させてマネージメントもしています。 

表にでる“タレント”を選ばず、裏方である“マネージャー”に就いたきっかけは「自分が何かして喜んでもらうのは確かにうれしいですし、それはたぶん表に出る人の発想だと思います。でも、マネージャーはそれを導く仕事だと思っているので、この人はこういうことをすれば世の中に受け入れられるし、他の人もうれしくなるというのをちゃんと管理するというのが、自分の中で面白そうだなと思いました」と話します。

尾木さんは午前に会社で事務作業をして、午後は営業に向かいます。常に『営業資料、名刺、スケジュール帳、パソコン2台(WindowsとMac)』を持ち歩き、携帯電話は仕事用とプライベート用の2台持ちです。

 たまに昼夜逆転してしまう日があるらしく「その日は疲れます」と苦笑いしていました。毎日大変で辞めたくなるときもあると言います。「『辞めてやる!』と日々思っています」と強気でありながらも「急に辞めると、今担当しているタレントに迷惑かけてしまうし、辞めるならできることをしっかりやったと納得したときに辞めます」と責任感の強い人であることが伺えます。今、続けている理由は「自分がした仕事で他の人が喜んでくれるのはとても嬉しいことで、この仕事は特にいっしょに喜びを共有できるから、大変なことが99.9%でも残りの0.1%がめちゃくちゃ楽しいですし、嬉しい瞬間っていうのがやっぱりくせになります」と教えてくれました。

マネージャーの仕事で一番やりがいを感じた瞬間は「担当している音楽系のアーティストやタレントの音源がリリースされたときです。制作過程における瞬間瞬間の細かなところを見ることができるというのはすごく楽しいですね」と笑顔で話してくれました。

マスコミ関係の仕事は忙しく、休みも少ないイメージがありますが、ホリプロインターナショナルでは会社の規則として、通常土日は休みとなっています。音楽系のアーティストやタレントを担当する尾木さんは、土日はライブが入る場合があるため、代わりに平日休みを取ることもあると教えてくれました。休みの日には、残務をするか、趣味であるサッカー観戦をすることが多いと言います。海外サッカーをリアルタイムで観るのが好きで、休みの日には早朝4時に起きることもあるそうです。

マネージャーになるために、勉強しておいたほうが良いことを尋ねると「マネージャーって何か資格が必要なわけではないし、なろうと思えば誰でもなれる仕事です。ただ、自分だけの武器みたいなものを1つ見つけることですかね。特別に勉強はしなくていいと思います」とアドバイスしてくれました。

 仕事に全力な尾木さんですが、自身は「自分が仕事をして、満足したことはまだないです。その都度の達成感はありますが、それだけで満足してしまうとたぶん、それで終わりになってしまうので、もっとできたんじゃないかなという反省のほうが大きいですね」と自分には厳しくありました。

ホリプロインターナショナルは2018年の6月にできたばかりです。もともとホリプロ本社にいた尾木さんは、新しく事業ができる段階で異動しました。立ち上げからずっといるので「いずれは社長になれたらいいですけどね。気持ちはでかく持たないと」と夢を大きくもつ姿が頼もしく見えました。

取材:石井 冴、木村李愛、野村 梓

明日死んでも後悔のない今日を。<クリエイター兼ダンサー>

液晶を見つめる視線、まるで音を奏でているように響くマウスのクリック音。細胞から弾けているいるかのような体の動き。
少し恥ずかしそうに作業したり、得意のポッピンを披露してくれる彼は、クリエイター兼ダンサーの高橋健太(たかはしけんた)さん。
生まれも育ちも江戸川区。生粋の江戸川っ子です。自称『何でも屋』と語り、映像の編集やカメラマンというクリエイティブな仕事をこなすかたわら、ダンサーとしても活動しています。毎日、新しいものを世界に発信し続けたいと話す高橋さんに、自身の仕事についてインタビューしました。

優しそうに話しながら、笑いかける高橋さん。学生時代から”ダンス”をしていたというが、そんな強い武器を持ちながらもクリエイターを目指したきっかけはなんだったのでしょうか。 

「僕、元々はクリエイターではなくダンサーを目指していました。高校の頃にダンスを始めて、将来はプロになって海外に行くことも視野に入れていました。でも、人生うまくいかないものですね。高校2年生のとき、親と念願のツーリングに出かけ、その際、運悪く交通事故に遭い、目が覚めたときは病院のベッドの上でした。1カ月意識がなかったらしく、首の骨が折れていたので首から下はもう動かないって宣告されました。だけど、ダンスを諦めることができず、むしろ『動かないなんてありえない!』『何言ってんのこの人?』と思ってました。それから毎日、リハビリに励んで、意地で身体を動かせるようにしました。しかしながら今までどおりに身体は動きません。それでもダンスが好きだし、ダンスに関わる仕事がしたいと思って、ダンスのTシャツやチラシのデザインならできるだろうと思ってデザインの専門学校に通うことにしました。現在は映像の撮影から編集まで行う仕事をメインに、ファッション関係のカメラマンとして撮影など幅広くやらせてもらっています」

現在は、クリエイターの仕事を中心に活動しているが、それに加えて2つの専門学校の講師も掛け持っているという、多忙な日々を過ごしているのかと思いきや、1カ月の仕事のサイクルは意外なものでした。

「基本的に、ひと月に受ける依頼は2、3件です。無理のない程度で案件を受けているので好きに過ごせる日もあり、充実した日々を送れているなと思います。1件のギャランティが大きいので、余裕のある生活もできています」
公私ともに自身のペースで上手く調和を図るのはそう簡単なことではないが、それをこなしてしまう高橋さんが羨ましいと感じる。
収入は、主に機材費や、後輩・知り合いとの食事代として支出しているそう。貯金も大事だが、”今”という時間を大事にしている高橋さんらしさが伺える。

普段どんな作品に携わっているのか知るべくInstagramを拝見させてもらった。載っていたのは『蒙古タンメン中本』の50周年感謝企画のPR動画や、ストリートな雰囲気が漂うダンサーのアーティスト写真。かと思えば、可愛らしい女性モデルの写真や妖艶なオーラが溢れ出る写真まで。想像以上に幅広いジャンルの作品を手がけており、挑戦の可能性を感じられた。時々見られる仕事仲間との写真がとても楽しそうで、いかに高橋さんが人との繋がりを大切にしているかが伝わった。

最後に。九死に一生を得た高橋さんだからこその生き方のヒントを伺いました。
「自分の思うように生きた方がいいです。人生は一度きり。やりたいことは絶対にやる、やりたくないことは無理してやらない。苦しいときは逃げてもいい。明日死んでも後悔のない今日を生き、周りの人を大切にして毎日笑顔で過ごすことが一 番の幸せだと思います。あとは健康第一です」

人生は楽しいことばかりではない。ときには辛いことや苦しいことも訪れる。そこをどう乗り越え、生きていくかが今後の自分を左右する。高橋さんは自分自身で未来を切り開いた。このかっこいい生き様をもっと多くの人に広がればと強く願う。

取材:松田・山野・白鳥・皆川・佐々木

「プロボクサーからもうひとつの夢のパン屋へ」 ブーランジェリー・ジョー

葛西の静かな場所に一際おしゃれなパン屋が店を構えています。店主の間々田さんは元プロボクサー。スポーツマンらしい力強い表情です。プロボクサーからパン屋に転職したのは、小さい頃からのもう一つの夢だったからです。

「幼稚園のころから『あしたのジョー』を観ていた影響でボクシングを始めました。プロボクサーを夢見ていた僕がパン屋に憧れたのは、幼稚園のころ。街のパン屋が焼きたてのパンを配達してくれていて、焼きたてのおいしさを知ったからです。いつかパン屋になりたいと思うようになっていて、24歳でボクシングをやめたときに、小さいころパン屋になりたかったなと思い出してパン屋への道が始まりました。ホテルオークラのパン屋で5年間働いて、ホテルの経験だけだとパン屋を開店するのは難しいと思い、その後、街のパン屋で6年間働きました。修行の経験を活かし開いたのが今のお店です」

多くの経験を積みパン屋になるという夢を叶えた間々田さん。江戸川区の葛西に店を開くことを決めたのは、街の風景が気に入ったからでした。「パン屋になろうと決心したときから葛西に越してきて、11年くらい住んでいました。初めは自分のイメージする街は葛西ではないと思っていましたが、唯一、ある通りが気になっていました。大きなけやき並木があって、雰囲気が良かったんです。今は伐採されて違う雰囲気になってしまったのですが……。ある日、車で通ったときに、お店を出したいと思える場所が偶然空いていて、『ここだ!』と即決しました。苦労したこともたくさんあって、空調を良くしようと壁に穴を開けようとしてもビルのオーナーのOKがないとできませんでした。オープンしてからすぐに多くのお客さまに利用していただけるようになったのですが、仕事が沢山ありすぎて1週間くらい寝むれない日々も続きました」

 

多くのお客さんが訪れる自身のお店で多忙な日々を送る間々田さん。パン屋の1日とはいったいどのようなものなのでしょう。

「朝4時から8時のオープンまでに食パンを作ります。パンを作りながら次の日の準備も進めていき、お店は18時から19時の間に閉めます。全ての仕事が終わるのは21時前後ですね。平日200人、土日は300人くらいのお客さまに来ていただています。お子さま連れのお母さんからおじいさん、おばあさんまで幅広く利用してもらっています。若い方からお年を召した方まで、職業もサラリーマンから職人さん、お医者さん、学校の先生、漫画家など多くのお客さんが訪れます。季節によっても利用者数の違いがあり、夏の暑いときよりも、涼しくなった秋のほうが、お客さまが多くなります」

幅広い層のお客さんが訪れている中で、間々田さんが大切にしているこだわりがあれば知りたいところです。
「自分が作りたいパンと、お客さんが求めているパンのちょうど合致する味を探してお店に出しています。一推しはバケットですが、どの種類のパンも同じだけの愛情を注いで作っています。低温で長時間熟成させて生地を作ることで、小麦本来の香りや甘味を引き出しています。食パンは3種類の生地をつかっていて、朝1番に出すのがミルキーな甘さを際立てさせた「北海道ミルク食パン」。もうひとつが北海道産の小麦「キタノカオリ」を使った食パンでもちもち感を感じられる食パンです。

間々田さんはボクサーをやっていたからこそパン屋で活かせていることがあるといいます。

「ボクシングは反復練習を毎日毎日やるからこそできるようになっていきます。何も考えていなかったら成長していかなくて、『なんでこうなったんだろう?』と考えることで自分の経験になって成長していくのです。それはパンを作る仕事も同じこと。繰り返し繰り返し同じことを続けて技術を習得していきます。パン屋の仕事は想像以上に大変で、体力や集中力が必要なんですよ」

今、間々田さんは充実感を感じながら、毎日パンを焼いています。愛情がこもったパンの数々。みなさんも一度購入してみてはいかがでしょうか?

取材:大橋滉輝、斉藤大世、林 海斗、早坂 琉

命を預かることに伴う責任 江戸川区自然動物園飼育員

世の中には色々な職業がある。その中で、動物が好きな人が一度は憧れるのが「飼育員」です。
そこで、東京都江戸川区にあり無料で入場できる「江戸川区自然動物園」で20年近く勤めているベテラン飼育員の松丸伸江さんにインタビューしました。

きっかけは獣医を目指した高校の友達

「小さい頃からいろいろ動物を飼っていました。実際に飼育員になろうと思ったのは高校生ぐらいで、同じクラスの友達に獣医になりたい人がいたんです。そのときに動物園の飼育員をやってみたいなと思いました。」と松丸さん。

江戸川区自然動物園の飼育員になるまでの経緯について聞くと「高校を卒業したあとに専門学校へ進学しました。
学校の実習でここの動物園に2週間ぐらい研修し、アルバイトの募集で声をかけていただき、そこから卒業後も飼育員として働くことになりました」と話してくれました。
松丸さんは専門学校時の研修で声をかけられたということですが、一般的に飼育員になるにはどうすればいいのでしょうか。
「大学や専門学校を卒業してから、環境財団で募集していれば応募することができます」
資格は特に必要なく、とにかく募集がないと飼育員になるのは難しいとのことです。

 

飼育員の主な仕事は?

飼育員といえば常に動物と触れ合っていられるイメージですが、他にどんな仕事があるのでしょうか?
「それぞれ担当の動物がいて、私はジェフロイクモザル、ニホンリスを担当しています。まずは動物たちのエサ切りや清掃がメインです。あとはふれあいコーナーをローテーションで担当しています」 

ジェフロイクモザルは手足としっぽが長いのが特徴です。また器用な動物でもあり、尻尾で体を支えたり食べ物を掴むこともできます。ニホンリスは冬眠をせず1年中活動しており、危険を察知すると木の枝や幹でじっとしています。主に、朝に活動し、夜は巣で休んでいます。近年、生息地の林が減少して生息数が減っており、中国地方や九州地方では絶滅してしまったと考えられてます。

動物たちが健康でいてくれること

飼育員になって20年近く経つという松丸さん。仕事をしていて良かったと思えることがあるはずです。
「命を預かっている仕事なので動物たちの健康管理にやりがいを感じています。病気にかからないで、健康な状態を保ってくれてると嬉しいです。大変だけど、病気にならないように環境をより良くして動物たちが過ごしやすいように頑張っています」

 

命を預かることの「責任」

命を預かる仕事をしていると、どうしても避けられないのがお別れのとき。実際にそのときが来たらどうするのか、誰でも気になるところだと思います。
「まずは獣医さんに解剖してもらい、死因を調べてもらいます。その後、引き取ってもらうところがあるので、そこで火葬してもらいます」
毎日動物たちと触れ合えることは一見楽しそうだが、その分責任も伴う。そう考えると、とても大変な仕事です。
そしてこの話を聞いて一つ気になったのが、ご飯を食べるときに意識してしまわないかということです。
「動物園で働いてるからといって、お肉を食べることに抵抗はありません。感謝していただいています。」

 

ぜひ江戸川区自然動物園へ

入場無料にもかかわらず、約60種類の動物たちに会える江戸川区自然動物園。
プレーリードッグなどは檻がないから至近距離で見ることができるし、モルモットやウサギなどと直に触れ合える「ふれあいコーナー」もあるので子供から大人まで楽しめます。ぜひ、休日に足を運んでもらいたいと思います。もしかしたら松丸さんにも会えるかも!?

取材:藤村昌樹、尾澤慎之介、小西優介、山本ケネット

小さい頃から抱いていた“髪が好き”の気持ち

「もともと小さい頃から、ファッションやヘアアレンジが好きだったので、自然とこっちの道に進むんだろうなと思っていました」

そうにこやかに話してくれるのは、表参道の美容室『trail by ROVER』でアシスタントとして働く齋藤梨奈さん。原宿という美容室の激戦区で働く彼女に、美容師のお仕事の大変な面ややりがいなどをお聞きしました。

優しい笑顔と温かい雰囲気の彼女。trail by ROVERの店内は、白を基調とし、横長の大きな鏡がお洒落で圧倒されそうになりますが、彼女の笑顔が安心させてくれます。

「美容師になるには、美容専門学校へ通うのが大前提です。私は、高校卒業後そのまま専門学校へ入学しました。そこで美容・髪型を中心に、メイクも学びました」

美容師の仕事は、カットやカラーリング、パーマ、縮毛矯正、そしてスタイリングなど多岐にわたります。そのため、技術を専門学校で学ぶそうです。
『trail by ROVER』は、よく雑誌撮影があり、モデルのスタイリングを行います。女性誌の撮影だとメイクもするため、学生時代の授業が大切になってきます。
現在は、スタイリストのアシスタントが主な仕事。美容師として独り立ちするために、今でも練習を重ねています。

「営業時間終了後にウィッグを使ってカットしたり、練習台になってくれるモデルさんを呼んでヘアカラーをしたり、同じ職場の仲間とシャンプーをしたりしています。まずは、たくさん練習することが重要です。苦手なことを重点的にやりつつ、得意なこともたくさん練習して、技術を高めていくという感じです」

『trail by ROVER』は、アシスタントの期間が3年間と決められています。彼女はオーナーから言われた「営業中に髪を切れるようになるまでは下積みが大切」という言葉を胸に日々の練習を頑張っています。

毎日練習に明け暮れる齋藤さんは、美容師として日常的に意識していることはあるのでしょうか。

「美容師としてのSNSアカウントを持っているのですが、自分自身のファッションや好きなスタイルというのは他の人にはない『私』を出せる部分だと思うので、そこをSNSに載せるようにしています。好きな雰囲気や色味、趣味もSNSで発信して、実際にそこから話題が膨らんだお客様もいます」

SNSの活用というのは現代ならではです。齋藤さんは同業者の投稿から、ヘアスタイルはもちろん、載せてある写真の配置なども自身の投稿の参考にしています。特にいいなと思ったものは実際にウィッグでヘアセットしてみることも。お洒落な齋藤さんなら、きっと別の美容室で働く誰かから見本にされているのかもしれません。

「美容師というのはお客様と近い距離で接する仕事なので、おもてなしや言葉使いに一番気を付けています。近い距離で接しているとそのお客様のことをたくさん知ることができて、それが一番のやりがいだし、学べることでもあります。『相手がどう思っているのか』ということがすごくわかるようになりました」

たしかに、美容師さんは細やかな気遣いが上手という印象があります。接客の基礎には、高校生のときに飲食店でアルバイトしていた経験が活かされているそうです。

 

「現在働き始めて3年目になるのですが、1年目の頃からお店に通ってくれている方が『仕事できるようになったね』『大人っぽくなったね』と私を褒めてくださって。お客様も私たちに寄り添ってくださるのがとても嬉しいです」

齋藤さんの顔がほころびます。美容師は離職率の高い職業ですが、彼女はやめたいと思ったことは“ない”と即答。

「生活リズムが学生の頃と変わるんです。これは美容師ならではだと思うのですが、ご飯を食べる時間がなかったり食べる量が限られていたり、練習で帰る時間が遅くなったり。ただこれは学生時代からわかっていたことではあるんです。想像以上に大変ではありますが、うちはいいお店ですし、美容師をやめたいと考えたことは本当にないです」

自分のやりたい仕事をやり続けられるというのはとても幸せなこと。美容師について楽しそうに語ってくれる彼女に、今後も美容師の道を進んでほしいと願ってやみません。

今は、スタイリストデビューに向け努力を続けている齋藤さん。デビューまでの準備も怠りません。その一つが美容師の大事な仕事道具であるハサミ選びです。

「実は女性の髪を切るときと男性の髪を切るときとで使うハサミも違ってくるので、今はどのハサミが使いやすいのか試行錯誤しながらいろいろと挑戦中です。スタイリストデビューに向けて、自分に合ったハサミを選べたらいいなって思います」

齋藤さんとの会話のうしろで、営業準備を進める音が聞こえます。美容師というのは魔法使いのようで、今日もきっとたくさんの人がここで変身していくことでしょう。彼女はさながら魔法使い見習いといったところでしょうか。4月、trail by ROVERでデビューする齋藤さんの姿を見るのが楽しみです。

取材:片山実紀、関根孝美、佐藤春那、山田梨瑚

日々の安全のために尽くす地域のヒーロー 亀有駅北口交番に勤務するお巡りさん

小学生のなりたい職業ランキングに毎年上位にランクインする警察官。
警察といえば、テレビドラマで見るような刑事さんや、白バイを乗りこなす交通機動隊、交番の前に立っているお巡りさんが浮かびます。
今回は私たちを一番近い距離で安全を守ってくれているお巡りさんにインタビューしました。
答えてくれたのは、大ヒットマンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の舞台となった、亀有駅北口交番に勤務のふたりのお巡りさん。厳格なイメージが強い警察官ですが、とても気さくにお話ししてくれて、終始あたたかい雰囲気の取材現場でした。

はじめに、勤続20年のベテランのお巡りさんのお話です。

「自分の祖父の警察官姿の写真を見て憧れを抱き、警察官を目指すようになりました」

警察の仕事の中でも、刑事の仕事は何となく想像がつきますが、なかなか浮かばないのが交番に勤務のお巡りさんの仕事内容。よく自転車に乗っている姿を見かけたり、交番の前に立って道案内をしているイメージが強いです。

「主な仕事内容は、地域の安全を守るためのパトロールや取り締まり、地域のお店や各家庭を訪問して、詐欺や事件を未然に防ぐためにお話を聞いたり、110番通報があると出動します」

私たちが交番を訪れる理由で最も多いのが落し物です。「落し物で交番を利用される方が多く、一日で10件から15件くらい対応することもあります。落し物ひとつでも書類の作成や手続きがあるのでみなさんの想像より時間がかかります。忙しい日だと交番から出られないこともあります」

警察官になると、まず最初に配属されるのが交番で、その後は希望した部署に異動出来るといいます。なぜ交番勤務なのか、理由を伺いました。

「これまでに行きたい部署を経験したので、今後は子どもや家族との時間を作るためにも交番勤務を希望しました。交番の仕事は交代制で勤務時間が決まっているので、今までよりも家族と過ごす時間を確保できるようになりました」

 

次に、勤続2年のお巡りさんのお話です。

「警察官を目指したきっかけは、伯父さんが警察官でその姿に憧れたのと、この仕事は自分に合っていると思ったからです。また、少林寺拳法という武道を習っていたので、護身するという意味で仕事に活かせると思いました」

警察官になって初めて配属されたのがこの交番です。警察官のお仕事をしていて大変だと思ったことや、やりがいを感じたこととは。

「配属されたての頃は、わからないことがわからなかったです。仕事のやりがいを感じるのは立番(地域の安全を守ること)しているときや困っている人を助けたときにお礼を言われたときです。以前、自転車泥棒の被害にあった方がいて、その方に自転車が戻ってきたときに感謝されたことがありました。助けたときに『ありがとう』と言われると、警察官になってよかったなと思います」

現在交番勤務ですが、今後どんな部署に行きたいか、どんな仕事がしたいか、将来について聞きました。

「希望する部署は交通課です。最近多発している交通事故を未然に防ぐためにも、交通課でみなさんの安全を守りたいです」

最後に警察官を目指す子供たちへエールをいただきました。

「警察官になるための採用試験があるので、勉強することはもちろん大切ですが、警察の仕事は地域の方の存在や協力があって成り立つので、優しい心と人を思いやる気持ち、正義感があればきっとなれると思います。また、少林寺拳法が護身術に応用できるように、みなさんが今頑張っていることはのちに必ず活きてきます。何事にも一生懸命取り組む姿勢を忘れずに頑張ってください」

お巡りさんをはじめ、警察の方々は私たちが安心して暮らせる地域づくりをしています。警察官という町や人々に奉仕するお仕事、みなさんも目指してみませんか?

取材:松本裕希、斉藤真希、藤波茉由